不撓不屈のキングダム 【後編|NEVER SAY NEVER】|N.B.P.JAPAN株式会社 代表取締役会長 菊子晃平氏
10年遅れの日本市場参入。当時、すべての人から絶対に失敗すると断言された寡占状態の輸入牛肉市場において、徹底したマーケティングとあくなき品質改善の積み重ねで、US産チルドビーフの日本向け No.1パッカーに。その後BSEによる輸入停止という「暗黒の時代」を乗り越え、日本市場におけるUS産チルドビーフの市場拡大を牽引。そして、15年連続でUS産チルドビーフの日本一という不動の地位を獲得する。日本の牛肉文化の醸成に、輸入チルドビーフで歴史を刻んだ N.B.P.JAPAN株式会社 菊子晃平会長へ、競争が激化している輸入牛肉業界における今後の展望について伺った。
不撓不屈(ふとうふくつ)のキングダム【後編】では National Beef日本法人代表就任後、華々しい快進撃を続ける菊子会長を襲った奈落の暗黒時代からの復活劇をフィーチャー。絶対王者の復権、そして迎えたポストコロナの先に見据える輸入牛肉市場の行き先とは?BEEF CREATOR編集部と、『ビーフキングダム-王者の視点-』ナビゲーター永尾まりやがお話をお聞きします。
2003年クリスマスイブ、暗黒のサンタクロースが舞い降りた。
2002年は何をやっても成功した無敵の年。怖いものなんてなにもない、無限に発展できる。意気揚々だった菊子会長に翌年予想もしない出来事が起きる。
―菊子会長:2003年12月24日、アメリカでBSEの事例が発生しました。その以前に日本国内でもBSEの発生があり、その時、国内の牛肉消費量が半分になったということがあったのですが、今度は私たちの主力商品アメリカ産輸入牛肉が渦中に陥りました。
当然、アメリカ産牛肉は即刻輸入禁止となる。一瞬のうちに売上がゼロになるという晴天の霹靂。
―菊子会長:途方に暮れました。私はアジアの代表なので、韓国も香港も売上ゼロ。何か手を打ちたくても、全くなにもできない。再開の目処も全く分からない。不安そうな日本の従業員、アジア拠点の従業員の顔が浮かぶ。どうしてやることも出来ない。無力でした。
暗黒のサンタクロースは菊子会長にさらなる追い討ちをかける。
―菊子会長:BSE問題の直前に本社の株主が変更になった。その時、以前許可を得た副業が再び禁止となり、有望だったベンチャー企業の株を全て手放さなくてはならないことになった。
泣きっ面に蜂。出口が見えない暗黒の世界。目の前には不安に満ちた家族の顔。これからどうして生きていくのか?経済的にも八方塞がりになっていくという恐怖が迫る。
―菊子会長:絶望の最中、たしか1月だったと思う。目的も理由もなにもなかったのですが、気がついたら飛行機で故郷の秋田へ向かっていました。
空港を降りて、レンタカーを借りて、実家方面へ車を走らせた。豪雪地帯の1月、故郷は白銀の世界。再び暗黒の闇が心を蝕む。不安になり、車を路肩に止め、降りしきる雪を眺め続けた。
―菊子会長:2時間近く、ひたすら雪を眺め続けていました。その時にふと気付いたんです。失ったものは大きかったが、元々自分には何もなかった筈。あったのは故郷だけ。俺には帰ることができる故郷があるじゃないか。どうしようもなければ帰ってくればいい。前を向いて進もうと。
結局、実家には戻らず、レンタカーを返して、東京に戻った。そして、決意を固めた菊子会長はアメリカへ向かう。
―菊子会長:辞意を固めました。私が責任を取り、従業員を残して欲しいという直談判をアメリカ本社に掛け合いにいきました。
―永尾まりや:結果はいかがだったでしょうか?
―菊子会長:お前が辞めるなら、俺も辞めると本社の社長が言い出しました。意味がわからない。アメリカには沢山の仕事がある。本社の社長が辞める理由は一切ない。
アメリカ社会は合理的でドライだ。しかし、アメリカ本社の社長は難攻不落の日本市場で、当時非力と言われたNational Beef社をNo. 1に導いた男に最大の敬意を示したのだった。
―菊子会長:社長の言葉は嬉しかった。再開の目処は全く見えない。だけど、やるしかない。やり切きろう。自らの報酬基準を2段階落とすことを引き換えに、従業員の雇用を守るという約束を取り付けて帰国しました。
輸入再開、ほころぶ笑顔に襲いかかる2番底の悪魔
―菊子会長:輸入禁止の中で唯一できたことは、月1回の食品安全委員会の傍聴に行くこと。これを2年間続けました。
そして、ようやく希望の光が差し込んだ。食肉牛は30ヶ月の月齢で出荷されるのが通例だが、20ヶ月の月齢で出荷するという条件付きで輸入再開が認められた。当時のBSEに対する食品安全委員会の見解は月齢が影響するということが理由だった。他国にない日本独自の規則ゆえに出荷するアメリカの加工工場側は困惑したが、出荷ゼロよりはまし。非効率なラインコントロールを克服して、再出荷に備えた。
―菊子会長:吉野家さん、牛角さんをはじめとした焼肉チェーン店、すかいらーくグループさん、イオンさん、すべてのお客様が戻ってきていただき、輸入再開を励ましてくださいました。嬉しかった。再開第1号のオーダーをアメリカに送り、社員と2年ぶりの祝杯をあげようと居酒屋に向かいました。
そこにアメリカ大使館から菊子会長へ1本の電話連絡が入る。「1社、ごく少量の肉が輸入規定違反を起こした。だが問題はないだろう。」と言われたが、嫌な予感がした。不安が横切り、胸騒ぎがする。その後、19時の全国ニュースで再び輸入全面禁止が報じられた。再び暗黒の悪魔が舞い降りたのだ。
―菊子会長:それから半年後に輸入再開。しかし、もう顧客は戻って来てはくれませんでした。そりゃそうですよね。どうせまた誰かが違反してダメになるのでは?とアレルギー症状が出るのは当たり前です。みなさんオーストラリア産やニュージーランド産の牛肉にシフトしていきました。
―永尾まりや:ようやく輸入再開になったのに…。そして菊子会長はどうされたのでしょう?
―菊子会長:アメリカでやり切ると覚悟を決めて、この職に留まったのですから、あきらめずに誠意をもってお願いに参りました。まず、吉野家さんが応援してくださった。生涯感謝が尽きない。そして次に兼松さんが支持にまわってくださった。当時の担当部長が常務取締役に掛け合いましょうと通してくれた。そうしたら、当時の常務が担当部長に「やるなら徹底してやれ、アメリカの1工場を丸ごと引き受けるつもりで行け」と言ってくれた。格好良かった。涙が出るほど嬉しかった。
この2つの取引がきっかけとなり、National Beefは息を吹き返した。そして1社、2社と徐々に取引が復活していく。
―菊子会長:おかげさまで、顧客が戻り続けていただけて、その2006年夏から2021年まで、ずっと取引高が右肩上がりとなりました。
―永尾まりや:良かったです。ほっとしました。
―菊子会長:再び戻ってくださったお客様を絶対に失望させてはならない。そこからはさらに徹底して、日本向け出荷の品質管理にこだわった。以降も厚生労働省がBSE問題のトレーサビリティによる品質チェックを実施しているのですが、日本向けに出荷ができるアメリカにある50以上の加工工場で、上位3工場をすべてNational Beef が占めることもありました。
―菊子会長:あと、技術革新でお客様に貢献できたこととしては、チルド輸送による熟成ビーフの提供でしょうか。同じ牛肉でも、冷凍でお届けするのと、チルドでお届けできるのとは全く品質が異なります。旨味があがったことで、高級ステーキをはじめ、様々な美食ムーブメントにも寄与できたのではないかと自負しています。
コロナがもたらした新しいワークスタイル
―永尾まりや:新型コロナウィルスによるビジネスの弊害はありましたか?
―菊子会長:影響がなかったとは言えませんが、どちらかと言えばお客様毎の需給バランスが変化したということ。BSE問題時の需要ゼロを考えたら、まったく問題にならないです。
―永尾まりや:なにか変化したことはありましたか?
―菊子会長:コロナを機に勤務体制を全社員フルリモートにシフトしました。通勤時間と通勤疲れは仕事のパフォーマンスに悪影響を及ぼす。私の場合、21時に寝て、3時に起きるという生活をしています。3時だとNYは日中なのでアメリカとの時差は解消、海外の経済ニュースもリアルタイムで確認。5時45分から始まる日本のテレビニュースをチェックし、6時にはその日の情報収集を終えている。充実しているし、本当に効率的だと感じています。
菊子会長が見据える牛肉業界の視界とは!?
―菊子会長:私は経営理念の明確化というものを、とても大切にしています。なにか問題があっても、経営理念に戻って考えれば、社員も迷わないからです。弊社の場合、経営理念は時代時代で見直すようにしているのですが、創業時は「ナンバーワン」に拘りました。次に「牛肉のある食文化の復活」、そして現在は「すべての人をハッピーにすること」つまりは“近江商人の三方よし” というところでしょうか。
N.B.P.JAPAN株式会社ではリモートワークになってからも、何の問題もなく、各自がパフォーマンスを高められているという。経営理念と経営方針が明確なため、社員が迷わず進むことができるからだ。菊子会長がたまに出社しても、会社にはほぼ誰もいない状態なのだそうだ。「誰も会社にいなくても、会社がうまくなりたっていることが嬉しい」こんなコメントが出ること自体、真のホワイト企業であることに違いない。
―永尾まりや:経済動向や業界の展望で気になることはございますか?
―菊子会長:職業柄、経済や為替の動向は気にしている。今は輸入食料の仕事をしているが、元々は農業を良くしたいと考えて選んだ道。だから、飢えの無い世界、特にハイパーインフレなど物が買えない時代にならないかどうか等を憂慮しています。
―菊子会長:先日、畜産業界のトップの方々が集まる会合がありました。きっとみなさんが危機感を抱いている。日本はそもそも食肉文化ではなかったが、高度成長時代に牛肉のマーケットが伸びた。過去の日本と同様に、現在中国をはじめ、勢いのある国では牛肉の消費量が伸びている。つまり牛肉は豊かさの指標であると言っても良いでしょう。経済成長の停滞、少子化、円安、飼料の高騰問題。輸入牛肉も国産牛肉も共に厳しい時代。きっとみなさんが今後どうなるのか?を心配しているのでしょう。
私自身は未来を暗く捉えていません。仮に今のマーケット規模が80%になった時に、自社の扱いが20%ダウンするのか?答えはノーです。経営理念がしっかりしている会社は逆にシェアが伸びる。経営理念がしっかりしていない会社が淘汰される、または吸収されていくのだと考えています。
元々牛肉は枠制度で、管理貿易だった。今は完全自由化でプレイヤーも多くなった。市場のピークアウトや円安が叫ばれているが、まだまだチャンスもある業界で面白い。
食料は、人類にとってもっとも大切なこと。食べ物に関わらせていただく商売をさせていただけていることに感謝して、これからも努力と挑戦を続けていきたいと思っています。
不撓不屈のキングダム【後編|NEVER SAY NEVER】 完
ナビゲーター/永尾まりや 取材/渡辺恵伶奈(Beef CREATOR 編集部) 取材協力/工藤実衣菜(Beef CREATOR編集部|MIIand) 文章・全体構成/毛利努(MORRIS STRATEGY & DESIGN CONSULTS,LLC.)